断・胃食道亭日乗。旧「宇宙日記。宇宙にはぜんぶある。」

(消防署のほうから来ました。) 食道胃接合部癌→術後肝転移(Stage IV)のヲッさんの暮らし。

術後4日目

今日は土曜日で、医師や看護師をはじめとしたスタッフが手薄らしい。それでもハウスキーパーがリネン交換や掃除に来たし、看護助手の人は身体の清拭にきた。完全看護だ。

日本だと家族が看護に来て何やら世話を焼くけれど、アメリカはその必要は一切無いということだ。いや日本でも入院したことがあるけれど、看護師さんや助手の人が全てやってくれた記憶がある。風呂にまで入れてくれた。家族の看護はあくまでもオプション、おまけにどうぞという位置づけだと思う。それでも親父が末期癌で入院していた時は、母親はとにかく世話を焼きたがり、やれ身体の拭き方が雑だとか、たんを吸引してくれないだとか言っていた。食べさせるなと言われているメロンまで食べさせて誤嚥までさせていたから、何が何やらだとは思う。

術後4日目で容体は安定しているし、昨日から容赦なく始まった胃瘻からの栄養摂取も1時間に10ml程度と最小限で、消化機能を活動させ続けることが目的のようで、便意を催すまでには至らない。ガスは感じる。

朝起きて薬を打たれて身体を拭いて歯を磨き、病棟内をくるっと歩けと言われて回ってくるともうやることがない。ソファーに座っているだけだ。スマホでニュースを見たりする以外にない。パソコンかタブレットでもを持ってくれば、映画やYouTubeなんか見られたなぁと思った。高速のwi-fiが無料だし。映画も見られるのか。Amazonなんかで。まぁ映画はそれほど好きじゃないからよほど暇な今でも観たいとは思わないけれど。

そういえば昨日、早くも退院後の食事管理についてみたいな話をされた。退院後4週間程度は胃瘻から栄養を摂ることになるだろうとのことで、その道具や栄養点滴の保険のカバーや注文の説明などをされた。栄養点滴は保険でカバーされないようだけれど、1日ぶんが8ドルくらいというので、毎日飲んでた酒代程度だろう。

午後、右手に常に刺さっていた、水分+高カロリー点滴が外され、両腕が自由になった。点滴はtube feeding つまり栄養も水分に胃瘻一本からになる。専門用語かどうか知らないけれど、点滴を「IV」アイヴィーと呼ぶところ、胃瘻を「J2」と呼んでいた。術後4日目にして全く持もって容赦ない。けれど身体に取り付けられている様々な管やワイヤーが徐々に外されていくのは愉快だ。回復して家に帰れるナという気になれる。

術後4日目で身体についている管は、切除患部、腹の前からでているドレインホース、反対側の脇腹、肝臓の横あたりから出ているドレインホース、鼻から食堂と胃の接合部に入っているドレインホース、尿道のカテーテル、それから携帯の心電図で全部だと思う。痛いけれど少し時間をかければ起き上がってトイレに行けるわけだし、胃瘻の栄養に切り替わったわけだから、尿道のカテーテルも間も無く外されるだろうと思う。外して欲しいなぁ。

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ちなみに2010-11の日本のデータだと、食道癌のステージⅡと診断された人の5年相対生存率(癌以外の死因を除いた生存率)は、50%〜60程度と出ており、他の癌と比較して予後が良くない。

https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/brochure/hosp_c_reg_surv.html

これが食道癌の現実だが、私の場合は術前に放射線+抗癌剤を受けているし、食道癌患者の中央年齢層よりも若いということで、もう少し期待して良いかもしれない。良い事にしよう。

好きに生きてきたし、なんとなく移住してきてしまったアメリカでもう20年以上も生きてきた。大きな不満は無い。運が良かった。みんな親切だった。たまに意地の悪い人も居たような気もするけど。みんな早く元気になって帰って来いと言ってくれている。この先回復をみて生きながらえるのならば、人様に恩返ししていけということなのだろう。ありがたいことに私にパンと菓子作り仕事のを手伝って欲しいとお話も頂いている。本業もあるけれど、できる範囲でお役に立とうと思う。焦らずゆっくり回復したい。どの道あと1週間は入院なのだが。