断・胃食道亭日乗。旧「宇宙日記。宇宙にはぜんぶある。」

(消防署のほうから来ました。) 食道胃接合部癌→術後肝転移(Stage IV)のヲッさんの暮らし。

ネズミを捨てる

わたくしは申年の生まれで、ご本尊は「大日如来」だそうだけれど、真言密教徒ではないのでよくわからない。語弊を承知で書けば、人生は他力本願。人間の俗っぽさを見抜いている葬式仏教浄土真宗がいちばんしっくり来る。南無阿弥陀。

それはさておき。

水色の厚手のプラスチックバッグの中で、まだネズミが生きており、カサカサと音がしたけれど、ダンプスターに放り込んだ。ダンプスターというのはあれだ、鉄製の大きなゴミ収集箱で、トラックが箱ごと持ちあげて回収する極めて雑なアメリカ的なやつだ。時々子供が遊んでいて入り込む事故などがおきる。

職場でうとうとしていると、きゅるきゅると音がする。誰かが寄付して置いてあるボロい扇風機の出すノイズかと思った。すこし耳障りだし、モーターが過熱していて火でも吹いたら面倒なことになると思ってスイッチを切りに行くと、部屋の隅の足元に仕掛けてある(木の板にバネが付いている200年くらいはデザインが変わっていないタイプの)ネズミ捕りに、コントか!というくらいに見事にネズミがかかっていた。腹部をがっちりと挟まれていて、ジャストミート。ネズミは不快なのだろうか、藻掻きながら時折きゅるきゅると鳴くのであった。

しばらく観察する。体長は7~8センチくらい。尻尾を入れれば15,6センチくらい。毛色は灰色からベージュで黒い瞳が可愛いらしい。小さい。ラットではなくてマウスだ。ハツカネズミの類のようだ。望んで罠にかかったわけではあるまい。気の毒ではある。がしかし建物内に侵入されては捨て置けない。きゅるきゅると鳴く。

一瞬、逃がしてやろうかと思った。

かわいそうだし、何より無用の殺生だ。ネズミが入り込んでくる建物の構造と管理が問題なわけで、この小ネズミを1匹始末したところで何が変わるだろう。次のネズミがやってくるだけだ。

或いは。私が死んでうっかり地獄に送られてしまったときに、もしかして蜘蛛の糸でも降りてきて、お前はネズミに情けをかけた男だから特別待遇だ、と助かるかも知れないし。と俗物根性を丸出しに思いながらも、逃した途端に建物内に走り込まれても難儀だなと思った。眺めているあいだもネズミはガッチリ挟まれた体を、無駄な抵抗ながらもくねらせて、脱出を試みる。きゅるきゅると鳴く。

ネイティヴ・アメリカンの或る部族の教えには、目の前に現れる動物は神からの知らせであるという信仰があったはずだ。この土地は鹿の親子が出没したり、狐が目の前を横切っていったり、縞リスがすばしっこく駆け抜けていったりする。カラスが鳴き止まない屋根の家もある。さてネズミはどういう意味だったか。

ネズミは洋の東西を問わず、穀物を食い荒らす害獣として、人類にあまり好まれてきた存在ではなく、ネイティブ・アメリカンの教えでも例外ではなかったような気がする。けれども「ネズミ算式」というくらい繁殖力が強いから、多子多産の象徴だったかもしれない。いやそれはウサギだったか。

そう言えば、中華文化圏では、ネズミといえば干支の最初に来るアイコンだ。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥…わたくしはもしかして何か物事の大きな12年周期の始まりの象徴…を捉えてしまったのか。しかも今年は子年じゃないか。お盆の時期に干支を殺生するとは何とも罰当たりな気もする。いやまだ殺していないけれど。

否。ネズミがネズミ捕りにかかっただけの話だ。

けれど食道癌を宣告されて自分の生と死を真剣に考えてから、些末な事象にも何か意味があるのではないかと考えてしまう。

5年ほど前に蝙蝠が部屋に飛び込んできたときにも、少し意味があるのか考えたことがあるけれど分からなかった。

その2か月ほど後に宝くじで$2,500当たった。

 

dv6.hatenablog.com

 

やはりネズミは逃すわけにはいかないだろう。逃がさないとなれば処分するしかない。手袋をして、ネズミ捕りごと、土産物を小分けする袋だろう、その辺に捨て置いてあった厚手の水色のプラスチックバッグに放り込んだ。カサカサきゅるきゅる。外に出て敷地の片隅にあるダンプスターに放り込んだ。ネズミは早晩絶命するだろう。南無阿弥陀。

 

 

f:id:dv6:20200816085946j:image