甲州街道はもう秋なのさ(やや長編)
4時。友人が運転する車に乗せられる。夜明けずっと前の強い雨の中、迷路のように合流とカーブと分岐がやってくる首都高速を行く。むかしは日本で運転してた気がするけれど、日本を離れて20年も経って、またこんな道を自分が運転する自信は全くない。一般道に降りると、雨合羽にスーパーカブの新聞配達を見かける。ヤマハのメイトかもしれない。全てが懐かしい。印刷所から届いたばかりの梱包を解いた新聞は結構暖かいんだよね。印刷したてのほやほやって感じで。
で何処に行くの?
「西へ。」
彼は短く答えてまた運転を続ける。
古い友人。20年以上も前に、一時期一緒に働いた。彼は新聞配達とバイク便の仕事を掛け持ちして、1年半ほどで金を貯めると、あっさりアメリカに留学してしまった。他方予備校通いも続かなかった私は、ギャンブルと飲み食いと旅行に明け暮れた。
彼の渡米から半年か1年ほど、(古い90年代初めの話) KDD(当時)から、コレクトコール(着信者払い)の国際電話がかかる。どうした?取り止めのない話から、モグリでアルバイトしてるケーキ屋のヒスパニック労働者連中の愚痴。そうか大変だな。有給取ってアメリカに遊びに行くよ、と3時間を超える電話。後日KDDから来た請求書は4万3千円かそこら。90年代前半のコレクトコール代金は、そんな料金だった。
車は首都高を下りて、国道20号甲州街道を西へ。わたくしたちがかつて短い間一緒に働いていた町を通り過ぎる。ああ、あのコンビニまだ在るのか。あのファミレスは無くなったな。私が後に彼と入れ替わるようにアメリカに渡るまで11年暮らした東京の町だ。
ラジオはオールナイトニッポンのテーマ音楽を流している。しばらくぶりに聞くなこれは。
6時。小腹がすいたな。というと、24時間営業だという餃子の有名な店に車を停める。ジャンボ餃子か。鶏のから揚げと卵スープ。そしてビール。朝6時。
台風の大雨の影響で、中央道は途中から通行止めじゃないか?と言うと、知ってる。とだけ彼は答えて、車はひたすら甲州街道を西に走り続ける。相模湖から大槻へ。あちこちで斜面が崩れている跡がある。相当な大雨が降り続いたに違いない。
富士山か。
少し前。彼からのLINEに職場の愚痴が多くなり、読んで返すのも面倒になってしまった時期があった。何かの拍子に、富士山は良いぞ。あの圧倒的な存在は良いぞ。見てきたら?と返したことがあった。
彼はバイクで中央高速を飛ばして見に行き、そして気にいったらしい。
今日のこの雨模様では遠目にも近めにも姿は拝めないだろうに。甲州街道をハリヤー が行く。日本のクルマのことはよく分からないけれど、これはレンタカーとしては高いクラスだろうなとは思う。
途中「信玄餅」の工場に立ち寄って信玄餅を買う。私は甘い口を持たないけれど、彼は甘党だった。自分用に、と20個入りのものを買っていた。消費期限が1週間くらいしか無いぞ。
1日2個は食うから余裕、だと言う。
工場の入り口には「詰め放題」目当ての観光客が列をなしている。並んで詰め放題か。なぜか「悪魔のおにぎり」に通じる貧しさを感じる(個人の感想です。)
西湖、本栖湖と過ぎて、朝霧なんとか高原道の駅へ。
晴れてれば富士山が拝める絶好のポイントらしいのだけれど、霧、いや雲の中だ。見事に何も見えない。
つづら折りの登山道路を登る登る。道路意外何も見えない。行き交う車も少ない。
新五合目に着く。
駐車場以外に売店がポツンとあるだけで何もない。
…何も無いぞ?
ああ、前に来た五合目は、だだっ広いバスも停まれる駐車場に、売店やら食堂なんかもあって賑やかんもんだったけれども、あれは有料道路で行くなんとか口で、ココは御殿場口から来た新五合目だな。みごとに何もない。ガチな登山者がここに車を停めて登り出すところなんじゃないか?そうか。笑ってしまうほど何もないな。
雲の中を降りる。登ったので降りる。
途中追い抜いてきた自転車とすれ違う。何も無いぞ、その上には。しかももうすぐ日が暮れるそ?
降りた。雲は上の方に留まっている。雨は止んだということだ。
何とかB級グルメで有名だという「富士宮焼きそば」を看板に出している店に入る。
昼時で小さな店はほぼ満席だった。母親と高校生くらいの息子で回している様子。
(朝に餃子を食べてしまった)胃袋に優しい量の焼きそば750円。言い換えれば盛りが少ない。麺やソースに特徴、というか「富士宮焼きそば」を標榜するには特定の材料と調理をしなければならないのだろうが、それが決定的な何かを失わせている。ご当地ナントカB級グルメの末路である。個人経営の飲食店は、ソロで勝負しなければ生き残りは厳しいだろうに。
静岡おでん。
おでんの煮しめのようで、味が濃い。牛スジには合う味付けだった。大根は品切れで無かった。おでんでいちばん好きなタネは大根なのに。ご縁が無かったということだろう。ビールも飲み飽きた。
昼過ぎに、何日ぶりかに通行止めが解除になった中央高速で東京へ。川崎から事故渋滞という情報を見て、彼はまた一般道へ。いや大した長さでは無さそうだし、自分なら迂回せずに渋滞に突っ込むかな。彼はむかしからせっかちな男だ。動き続ける。
途中、三鷹の銭湯に入った気がする。
そしていきなりステーキ。
初めて食べた。けどもさして言うことはない。400gつまり1パウンドに満たない量で、3000円以上したはず。彼が支払ったので正確な値段はわからない。これアメリカの自宅で焼いて食べるのと同じ味がした。その辺にスーパーで1パウンドのステーキ肉なら10ドルから15ドルだろう。ステーキは自分で焼いて食おう。
あとは眠くなってしまって、ずっと車の中でウトウトしていた。彼も貴重な休みの日に朝早くから運転し通しだったのに、悪いことをした。
おっさん2人の無計画な休日ドライブは、かくもグダグダで楽しい。