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宇宙日記

宇宙にはぜんぶある。(消防署のほうから来ました。)

ペルセウス座流星群

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今年はなんとなく少し眺めてみる気になり、さっき外に出てみたら運が良かったのだろう、さいしょの5分くらいで、明るいのを立て続けに3つも見た。

そのあと10分ほど眺めていたけれども、ひとつも観測せず。首が痛くなってきたので戻ってきた。本気で観測するなら寝袋でも敷いて、仰向けになって眺めていればよいのだろうけれど。調べてみると、ピークはどうやら昨夜のようであった。1日遅かったか。

 

15,6分、月が落ちた後の暗めの空だけを、そうして独りでボーっと眺めていただけ。暫くそんな時間というものが無かったのもあって、いろんなことを思い出したり考えたりして少し愉快だった。

 

 

小学6年のころだったから、もう36年も前の話になる。夏休みに東京の叔母夫婦のところに、別の叔母に連れられて、特急電車で旅行に行ったことがある。東北新幹線が開業するのは、3年後の話で。当時仙台ー上野間は、特急で4時間とかそれくらいかかったのではなかったか。食堂車で何か食べさせてもらったような記憶がある。今思えば贅沢な旅だな。

叔母夫婦は八王子に住んでおり、そこに私ひとり、3,4日滞在したと思う。夜中に郊外の何処か分からない暗がりに、「流れ星を観に」連れて行かれたのがペルセウス座流星群だった。草っ原のようなところに寝転んで、ひとつふたつ、みっつよっつ、と、1時間くらい寝転んでいる間に、幾つかの流れ星を観た。おやもう36年も前の話なのか。

 

 

そういえば今日、医者にかかった。3年ぶりの総合病院は、ネットで予約だったり、受付はタッチパネルで、クレジットカードと保険のカードをスキャンするようになっていて、つまりチェックインに並んだり、支払いのためにまた並んだりしなくてよい。処方箋は医者のほうから自宅近くの薬局に連絡しててくれて、帰宅するころには出来てるという電話が入る・・・医者の効率化の話はまた後で書こう・・・

医者にかかった理由は、大したことは無いと思うのだけど、一応血液検査の結果待ち。そこでふと、ああ、あと36年は生きないだろうな、けど運が良ければ(悪ければ)85、6歳まで生きながらえるかも知れないな、などと思い至り、わーたくしももはや反省、もとい半生を振り返ってもおかしくない歳なのか、と奇妙な気持ちになった。人生の半分もさっぱり生きていない気がするのだけども、もっと歳が行って、動くことに億劫になったり、動けなくなったりすることを考えると、もう半分どころか、人生の3分の2くらいは来たのではないかという気さえする。

思えばこの夏は、節目のようなことが幾つかあった。

何年も音信不通だった、中学の同級生から、突然facebookの友達申請があり、ネットワークビジネスを始めるには2周くらい遅れてないか?と疑って返事をしてみたら、同窓会のお誘いとかで、疑ってすまんかった、と拍子抜けしたり。(ちょっと覗いてみたい気もするが、出席するほど再会したい人は居ない。偶然帰国してたら偶然通りかかるかもしれないけども、そもそも帰国の予定は無い。)

いつも買い物してるスーパーで、昔世話になった人に、10年ぶりくらいでばったり遭ったり。(誰それが亡くなった、という話と、お互いの健康状態の話に始終。こんど飲みましょうよと言いながら、たぶん実現しない。)

そういや今の職場も来月で丸10年になる。いくつかの仕事をしてきたけれど、あと半年も勤めれば、現職が一番長くなるだろう。それとも宝くじでもあたって、来週には退職してるだろうか。

そして自身の健康状態。重い腰をあげて、医者にかかろうとまで思わせるだけの、健康不安があったというのは事実だ。何れ死ぬのは良いとして、せめて死に方、軟着陸の方法を幾つか選べないだろうか、などと考えるようになった。寝たきりは嫌だよな、とか、むかしむかし、周りの大人が話してた事が、自分の現実の思いになろうとは。

などなど。

どうでもいいこと「だけ」をボンヤリ考えた15,6分であった。

 ペルセウス座流星群は、毎年あるけれど、月明かりの影響や、天候などの条件が揃うことは、それほど無いような気がする。この夜は熱帯夜だったけれど、晴れていて、月も沈んだ後だった。そして何より酒も飲まずに起きていて、ふと見ようという気になった。こんな「条件」が重なることは、もう幾度もないのかもしれない。

 

(「ペルセウス座流星群」については、ネットで調べればいくらでも出て来るでしょうから割愛。「三大流星群」のひとつですね。)

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